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ベートーヴェン「第九」特集

第九特集

ときは1817年。

4コマ漫画「運命と呼ばないで」の舞台から16年後。

ロンドンで活躍していたフェルディナント・リースは、

かつての師ベートーヴェンに向けて、次のような手紙をしたためた。

「ロンドン・フィルハーモニック協会のために、

新作の交響曲を2曲書いてほしい」と。



結局のところ、リースの願いが叶えられることはなかった。

ベートーヴェンは約束の交響曲を1曲しか仕上げることができず、

しかも、それはロンドンで初演されることはなかったからだ。

けれど、1824年5月7日にウィーンで初演された

そのたった1曲の交響曲は、

リースが予想だにしなかったであろう衝撃を

音楽界にもたらすことになった。



今日、その交響曲は、畏敬と親しみをこめて、こう呼ばれている。

「第九」と。



 

 TOPIC1~「第九」初演を追体験しよう!


♪初演プログラム全曲を収録

「第九」 1824年5月7日 ベートーヴェンによる ウィーン・ケルントナートーア劇場での初演プログラム

配信限定
Various Artists

1824年5月7日にウィーンで行われた「第九」初演コンサートの演目をプログラム順に構成したスペシャルアルバム。Extra Trackとして、「歓喜のメロディ」の音楽的な前身ともいわれる1808年作曲の「合唱幻想曲」も収録。CD2枚分のボリュームを1CD価格の900円でお届け!

Tr.1 序曲「献堂式」 Op.124

Tr.2-4 ミサ・ソレムニス(荘厳ミサ曲) ニ長調 Op.123 – キリエ/クレド/アニュス・デイ

Tr.5-8 交響曲第9番 ニ長調 Op.125 「合唱付き」 – 第1/2/3/4楽章

Tr.9(Extra Track)合唱幻想曲

初演のプログラム

1824年5月7日、ウィーン・ケルントナートーア劇場。

そこが「第九」初演の会場だった。

現存しないその劇場で、この日、いったいなにが起きたのだろうか。

いまとなっては、いくつかの史料と記録、音楽、そして想像力によってしか、

その出来事を追体験することはできない。



第1部 大序曲

第2部 3つの大賛歌、独唱および合唱付き

第3部 大交響曲、最終楽章には独唱及び合唱が登場。歌詞はシラー「歓喜に寄す」。

ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン 全プログラムを指揮

いったい、なぜこのようなプログラムが組まれたのだろう。

長大な「大序曲」「大賛歌」そして「第九」の1、2、3楽章を経て、歓喜の合唱を耳にしたとき、観客は何を思って涙し、熱狂したのだろう?

聴くだけでも労力を要するような、この重量感たっぷりのプログラム。

ひとつひとつ、その曲を追ってみることにしよう。

第1部
“大序曲”~序曲「献堂式」 Op.124(Tr.1)

●この曲なら、ベートーヴェンでも何とか指揮できるだろう。

第九初演の記念すべき舞台の冒頭を飾ったのは、ベートーヴェンの作品の中ではあまりメジャーとはいえない序曲「献堂式」であった。ベートーヴェンが人生最後に書いた序曲であり、ウィーン・ヨーゼフシュタット劇場のこけら落としのために作曲された。

ベートーヴェンは、「第九」初演の舞台にて、この曲を含め、演奏会の最初から最後まで自ら指揮を行った。もっとも、耳の病が高じてすでに演奏を聞き取れなくなっていた彼は、実際にはほとんどお飾りの存在であり、代理の指揮者を1名、そして親友のシュパンツィヒをコンサートマスターとして用意し、本番に望んだ。「献堂式」も実際には10分を超える大作であるが、この程度の規模の作品であればおそらくベートーヴェンでも指揮をできるだろう、という周辺人物らの冷静な観測もあってのチョイスであったようである。


第2部
“3つの大賛歌”~ミサ・ソレムニス(荘厳ミサ曲) Op.123(Tr.2-4)

●楽譜の予約注文はさっぱりだったが、思い入れのある作品

「ミサ・ソレムニス(荘厳ミサ曲)」は、この演奏会の前年の1823年に完成した宗教曲の大作。スランプを乗り越え、5年の年月を費やして作曲されたにもかかわらず、楽譜の予約状況は悪く、さすがのベートーヴェンも激しく失望したというエピソードが残されている。

それだけにベートーヴェンの思い入れは強く、サンクトペテルブルクでの初演から間もないこの日、「第九」とのカップリングによるウィーン初演が行われる運びになった。しかし、さすがにこの長大な作品の全てを演奏するわけにはいかず、一部を削り、「キリエ」「クレド」「アニュス・デイ」のみが残されることとなった。

●当局から演奏禁止のおふれ!?

ところがここに暗雲が。当時、教会以外の場所で宗教曲を演奏することはご法度とされており、教会側からクレームが入る事態に。そこで、ベートーヴェンは若き日に世話になった貴族のコネを利用し、検閲官に向けて「たった3曲ですしそこを何とか……」と必死の嘆願書を提出。さらに、プログラムから「ミサ・ソレムニス」という正式名を引っ込め、「賛歌」と書き換えるというウラワザを駆使。なんとか演奏の許可をゲットした…という話が残されている。

●合唱団が音を上げたという超絶難度の歌い出し

ベートーヴェンはしばしば(当時の)楽器や声の限界をはるかに超えた難度のフレーズを平気で書き、アーティストから文句を言われていた。この作品についても、やはり同様。特に「クレド」(Tr.3)のフーガの歌い出し箇所は、ソプラノの合唱団から「ムリ」との声が多発。しかし強情なベートーヴェンは決して折れることがなく、困り果てた合唱隊、「歌えそうな人は頑張って歌い、歌えない人は口パク」という最終手段で本番に望んだとのこと。こうなると演奏のクオリティもお察し…ではあるものの、これが双方ギリギリの妥協点でもあったというべきだろう。



第3部
“大交響曲”~交響曲第9番 ニ長調 Op.125 「合唱付き」(Tr.5-8)

●本当に合唱を付けるべきか? 実はそれなりに迷っていたベートーヴェン

とにかく頑固で知られたベートーヴェン。交響曲に合唱を入れるという構想も、さぞ強い不動の意志でもって実行に移したに違いない…と想像したくなるが、実はそうでもなく、「合唱入れようかな…」「やっぱやめようかな…」と結構ギリギリまで迷っていたというエピソードも。もしほんのちょっと弱気が勝ったとすれば、今日知られる「第九」は存在しなかったかも。

●「第2楽章」(Tr.6)も大ウケだった!

「第九」というと、とかくフィーチャーされるのは第4楽章の「歓喜の歌」の部分。第1楽章から第3楽章までは、いまいち聴きどころのツボがわからず、なんとなーく耳を傾けている内にいつしかウトウト…そんな人はぜひ「第2楽章」にも注目を。実はこの第2楽章、1824年の初演では、合唱にも引けを取らぬほどの大フィーバーを巻き起こしたとのこと。特にこの日の客がツボったのは、曲の中で何度も登場する、華やかで派手なティンパニの連打。あまりにテンションが上がった聴衆たち、曲の合間に「アンコール」「もう1回」と叫びだした…という記録が残されている。

●若い女性歌手たちの苦労

「第九」初演当時、ベートーヴェン自身はすでに53歳の楽壇の重鎮。また、コンサートマスターのシュパンツィヒも、長年ベートーヴェンとタッグを組んできた大ベテラン。しかし、舞台に上がったのは彼ら18世紀生まれのオジサンたちばかりではない。若いアーティストも多数起用されている。ソプラノのヘンリエッテ・ゾンタークは18歳。そしてアルトのカロリーネ・ウンガーは20歳。わけてもこのうら若き美女2人は、初演の舞台に大きな花を添えることになった。 とはいえ、まだ2人は経験不足。ミサ・ソレムニス、そしてこの前代未聞の交響曲を歌いこなすのにはたいへん苦労したとのこと。ウンガーはちょっとした皮肉をこめて、ベートーヴェンのことを「歌手団に君臨する暴君」と呼んだらしい。ベートーヴェンが、若い娘の可愛らしい恨み節に怒ってみせたか、はたまたニヤニヤしたかどうかは定かではない…。

●直前で行われた、バスバリトン歌手の交代劇!

苦労したのは男性歌手も同じ。「おお、友よ、こんな調べではない…」から始まるあの有名な部分を歌う予定だったバスバリトンのソリストは、この部分がどうしてもうまく歌えず、直前で他の歌手に交代させられることに。

●ホントのところ、演奏のレベルはどうだったのか?

これほどまでにゴタゴタが多かった初演、実際のところ演奏のレベルはどんなモノだったのか…。実はこれに関しては、「演奏は支離滅裂」「ベートーヴェンはほとんどマトモに指揮できていなかった」「手放しに褒めているのはベートーヴェンの信奉者ばかりだった」など、けっこうシビアな証言も残されている。しかし最終楽章の合唱が終わった頃には、聴衆はみんな涙と感動でよれよれ、「なんだかよくわかんないけどスゴイことが起きた」という興奮に満ち溢れていたとのこと。いずれにしても、このカオスな交響曲が、年月を経てここまでメジャーな存在になるとはまだ誰も思っていなかったことでしょう。



 

TOPIC2~「第九」 こんな名盤&珍盤、知ってますか!?


名盤
2012年来日!マリス・ヤンソンス×バイエルン放送交響楽団

♪これが21世紀の「第九」だ

ベートーヴェン:交響曲第9番

カタログ番号 : 900108
Various Artists

ヤンソンス指揮、バイエルン放送響による2007年ヴァチカン・コンサートのライブ盤。ローマ教皇ベネディクト16世のためのコンサートで、ホールは7000人の観衆で埋め尽くされた。この観衆に負けることなく、ヤンソンスと演奏陣は白熱の演奏を披露している。
※全交響曲を収録したベートーヴェン交響曲BOXはこちら





珍盤
こんな「第九」があったのか!!

♪リスト様がやらかした。

リスト ピアノ曲全集28(第九の2台ピアノ編)

カタログ番号 : 8.570466
マッコリー/ウェイス(ピアノ)

オーケストラの演奏を今のように気軽に聴くことのできなかった19世紀当時は、さまざまな作品がピアノ独奏や4手ピアノのために編曲された。とはいえ、このベートーヴェンの大作は合唱が入ることもあり、そうそう編曲の俎上に載せられるものではなかった。しかし!我らがリストは、なんと2台ピアノでこの曲を再構築。まあとにかく音が多い!そしてすごすぎて笑える!音の激流に翻弄される70分をあなたに。




♪サクソフォン軍団もやらかした。

ベートーヴェン編曲集

カタログ番号 : 999861-2
クインテセンス・サクソフォン五重奏団

第九ほか、ベートーヴェンの名曲中の名曲をサクソフォーンで吹きまくった快(怪)演。「コリオラン」の冒頭からのけぞってしまう…ものの、途中で原曲にないジャズ風の部分が出現するに及んで、「やってくれるねえ」とうれしくなること請け合い。提示部の繰り返しの後は、もうノリノリのやりたい放題。よって、ベートーヴェンを神聖ニシテ侵スベカラザル存在と考える人は試聴厳禁。墓の中のベートーヴェンが悶絶するディスクである。